ドルコスト平均法と気休め

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以前、ドルコスト平均法は成功体験を積み重ねたり、投資に慣れたりするという意味では有効ではないかと考えて、以下のような記事を書きました。

成功体験は大事かも(すくすくと資産を育てるブログ)

その後、私が思っていたこととかなり近い内容の記事を拝見しましたので、これについて書いてみたいと思います。

個人の投資には“気休め”が必要だ-山崎元氏の「ドルコスト平均法」論へのエクスキューズ(The Arts and Investment Studies)
これは、以下の山崎氏の記事に対して書かれたものです。

ドルコスト平均法について整理する(山崎元「ホンネの投資教室」)

特に、私がわが意を得たりと思ったのは以下の箇所です。

山崎氏の説明は、投資理論的には全く正しい。だから「ドルコスト平均法は「平均買いコスト」に投資家の視点を集中させることで、投資対象が値下がりした時の「気休め」をあらかじめ提供している投資方法なのだ」という指摘も正しいのです。でも、あえて言いたいのは、「気休め」を提供していくれるからこそ、ドルコスト平均法は個人投資家にとって有効な投資方法だということです。

「長期投資の場合は、一時的な資産価格の上下は誤差の範囲」という主張は全く正しいと思いますが、たとえば、今年8月の調整局面やリーマンショックの直前に投資を始めた人に対して同じ主張をしてもなかなか受け入れられないでしょう。なぜなら、(全体から見れば短い期間とは言え)含み損が数か月~数年にわたって続くため、精神的なダメージはかなり大きいからです。そこで投資を止めてしまうのであれば、投資という考え方を普及させるためには本末転倒であると思います。私自身は、株価が大きく下がったところで投資を始めるというアプローチをとりましたが、それにしても、一度下がったからと言ってすぐにまた下がらないとも限らないという意味ではリスクが残ります。

そう考えると、たとえ最適ではないとしても、資産価格の値下がりから生じる精神的なダメージを和らげ、場合によっては「下がっても嬉しい」とポジティブに捉えられるという点ではドルコスト平均法は優れているのではないかと思うのです。上記「個人の投資には“気休め”が必要だ」でも以下のように述べています。

個人にとって投資のリスクと向き合うことは、実際問題として大変な負担です。とくに長期投資は、ある意味で一回の人生の中で一回しか挑戦できないものです。結局、個人が投資を継続できるかどうかは、リスクに対する不安に耐えることができるかがすべてだったりします。そのためには、ドルコスト平均法が提供してくれる「気休め」は大切なのです。たしかに、それは行動経済学でいうところの「後悔回避」の表れでしょう。でも、現実の生活の中で人間は合理性だけで生きていくことはできません。「後悔回避」もまた精神の均衡を維持するための防御機能ともいえる。フロイト流に言うなら、それは「治す必要のない精神病」です。

つまり、個人投資家の場合、合理的ではないと思っていても「気休め」自体に価値がある可能性もありますし、特に投資を始めたばかりの人にとって、それは看過できない要素ではないかと思うのです。

もちろん、だからと言って、私も「気休め」が唯一絶対の尺度だとは思いません。山崎氏の記事でも、上記「個人の投資には“気休め”が必要だ」でも、投資において経済合理性を追求することの大切が訴えられていますが、私も含めて、初心者投資家が「気休め」から入って徐々に合理的な投資行動に移っていくことができれば、投資という考え方の普及から見れば理想的なのではないでしょうか。
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Author:すいさく
40代、2015年8月頃から投資らしい投資を始めた初心者の日々をつづっています。

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