概要
本書は「梅屋敷商店街のランダムウォーカー」管理人の水瀬ケンイチさんが執筆されたインデックス投資の入門書です。
水瀬さんは、以前山崎元さんと共著で『(全面改訂)ほったらかし投資術』を書かれましたが、今回は初の単著となります。
特徴
本書の特徴は、以下のようなものではないかと思います。
・サラリーマン投資家の目線で、これからインデックス投資を始め、それを続けることに焦点を合わせて書かれていること
・そのために、インデックス投資の考え方に多くの紙面を割いていること(第2章)
・インデックス投資を続けることが難しい場合の対処法や「出口戦略」について詳しく述べていること(第4章・第6章)
・インデックス投資を15年間実践した結果と当時の様子を生々しく綴っていること(第5章)
・前中後の3か所にマンガが挿入されており、親しみやすい内容になっていること
番外として、以下のような特徴もあります。
・適度にブログネタがちりばめられていること
・特別付録で、インデックス投資黎明期の様子を紹介したPDFがダウンロードできること
以下、これらについてもう少し書いてみます。
プロローグ・第1章
プロローグや第1章では、簡単にインデックス投資について説明しています。
私が印象に残ったのは、以下のフレーズです。
15年前、インデックス投資のことに書かれた本はほとんどなく(中略)現在でこそ増えてきましたが、そのほとんどが、金融機関の人やその関係者によって書かれたものです。
プロが自分の専門のことを書くのは当然のことです。
しかし、一方で、情報の提供者は、自分のビジネスに読者を誘導することで、自社の利益につなげることができます。
(中略)
また、本は書いても、その投資法を自分では実践していない著者も多いようです。
金融機関や新聞社などでは、インサイダー取引防止の観点から、社員が投資をすること自体に制限がある場合もあるからです。
(『お金は寝かせて増やしなさい』)
正直言って、ここまで率直な表現を目にするとは私は思いませんでした。
これは、前著『ほったらかし投資術』のような山崎(楽天証券所属)さんとの共著ではなく、サラリーマン投資家の単著であることを強く意識したからこそ書けた文だと感じ、私はこの部分を読んで、背筋が引き締まる思いがしました。
本書の肝はやはり第2章
こう考えると、本書の肝はやはりインデックス投資の実践法を説明している第2章ではないかと思います。
私の最初の印象としては「入門書としては結構詳しいなあ」というものでした。
インデックス投資のメリットの一つは「手間がかからない」ことであり、投資法をある程度理解したらまず実践してみよう、というアプローチも多いと感じますが、本書では(平易な表現ではあるものの)投資法についてかなり詳しく書かれています。
これは、水瀬さんの、以下のような思いから来ていることを、ツイートで知りました。
後述するように、過去15年にはリーマンショックを始めさまざまなイベントがありましたが、そのときも市場から退出しなかった理由として、水瀬さんは、インデックス投資の考え方が「腹落ち」していたことを挙げています。
本書からは、このような経験を伝えたいという思いを感じます。
つまり、理由の説明はほどほどにしてバランスファンド1本を勧めるというやり方ではなく、アセットアロケーションの考え方やリスク許容度をきちんと理解してもらうというアプローチをとることにより、たとえ途中で本を閉じられるリスクがあっても、あくまでも投資家自身が自分のやっていることを理解した上で投資を行うべきだという著者の誠実さが色濃く現れたのがこの第2章なのだろうと思います。
投資はまず始めることが大切であり、本書のアプローチも、バランスファンドを少額積み立てながら慣れていくというカン・チュンドさんのようなアプローチも、個人的には両方とも「あり」だと思っていますが、上に挙げたような姿勢が本書にはっきりと表れているところは非常に印象に残りました。
逆に、本当の初心者にとっては第2章はハードルが高いかもしれません。
したがって、これからインデックス投資を始めるのであれば、第2章はまず簡単に一読し、ある程度(たとえば1年ほど)経験を積んでからまだ読み直すとスムーズに進められるような気がします。
なお、個人的には、リスク許容度を「年間貯蓄可能額から考える」、つまり、1年に50万円まで貯蓄できるのであれば50万円分をリスク許容度と考えるというアプローチは考えたことがなかったので、非常に面白いと思いました。
かゆいところに手が届く第4章・第6章
私がインデックス投資を始めたとき、基本的な考え方は理解しているつもりでも、やはり日々どういう気持ちで臨めばいいかよくわからないところがありました。
また、バイアンドホールドで投資を続けた場合、最終的にはどうすればいいのかといういわゆる「出口戦略」が気になる方も多いでしょう。
このような、「しばらくインデックス投資を続けて余裕が出たところで生じる質問」「初心者向けの本ではなかなか書いていない質問」に答えてくれるのが本書の第4章(出口戦略については第6章)だと思います。
特に、インデックスファンドのバイアンドホールドによって資産形成が可能になる理由として、資本主義経済における拡大再生産について詳しく説明しているところは類書にない特徴かもしれません。
インデックス投資を続けるためには「資本主義経済の発展を信じられるかどうか」が大切だ、という言葉を聞いたことがある方は多いと思います。
このような言葉には根拠がない、一種の「信仰」だ、と揶揄されることもあります。
しかし、本書では、「資本主義経済の発展」が(永久不滅の法則だとまで言えるかどうかはともかく)十分に信じるに足るものであることを丁寧に述べています。
ついつい笑ってしまったのは以下の箇所です。
部長「水瀬君、来年度の売上計画は今年度実績マイナス10%でいこう」
水瀬「えっ、それでいいんですか、部長!?」
部長「ああ、無理しないでいいんだよ」
水瀬「でも……」
部長「再来年はさらにマイナス20%、その次の年はマイナス30%でいこうじゃないか。ワッハッハ」
水瀬「本当ですか! なんてやさしい事業計画なんだー!」
(『お金は寝かせて育てなさい』)
もちろん、こんなことは現実にはなく「夢オチ」で終わるわけですが(笑)、これがいかにおかしい話なのか、我々は知らず知らずのうちに気づいており、それがまさに「資本主義経済の拡大再生産」を信じていることだ、と述べる著者の指摘にはついつい膝を打ってしまいます。
○○ショックで不安を煽るテレビや雑誌も「とどまることを知らない人間の欲望」「資本主義経済の明るい未来」を表しているとすれば、彼らが頑張れば頑張るほど、枕を高くして寝られるのですから、こんなに力強いことはありません(笑)。
その他、複利の力、平均への回帰、暴落で狼狽売りしない方法、リスク許容度の確認は相場が好調なときにやるべし、などの(ブログでもおなじみの)インデックス投資を続けるコツは、実体験に基づいた説得力があるものだと感じました。
圧巻の第5章
第5章では、2004年から現在までを振り返った「涙と苦労のインデックス投資家15年実践記」が書かれています。
私も、頭では、インデックス投資の理屈や、途中の株価下落はむしろ有利なことを分かっていたつもりですが、実際にインデックスファンド不毛の時代を経て、2008年のリーマンショックによる大幅な含み損から、2012年の株価急上昇によって元本を回復し、さらに含み益を広げる姿を見ると、まさに圧巻の一言です。
特に、リーマンショックで資産額が大きく下がった2008年前後、ブログに中傷が殺到したことにさらっと触れられていますが、実際はかなりの心労があったことでしょう。
それを乗り越えたからこそ現在のような状況があるのだと思います。
これまで、水瀬さんは、ご自身の具体的な資産額については公表してこられなかったと思いますが、この章で1年毎に(最後の数年はまとめて)元本と評価額が細かく開示されていることには正直言ってかなり驚きました。
資産額を公開することにはデリケートな問題もあり、これだけ詳細な情報を公表することにはそれなりの覚悟があったのだと推察しますが、この部分からはインデックス投資家の道しるべになりたいという心意気を感じます。
章末では、このような経験から得られた教訓を簡単にまとめていますが、「インデックス投資家の仕事は売りたくなったときに我慢すること」という言葉が印象に残りました。
余談ですが、2008年から2009年にかけての株価のV字回復を「昇竜拳(172ページ)」と評しているところは同世代の私にとってツボです(笑)。
また、購入者限定プレゼントは、この章の補足となっており「日本のインデックス投資黎明期」の涙なしには語れない逸話となっています。
まとめ
本書には、ほかにもくすっと笑ってしまう表現があります。
他社に常に追随するSBI証券を評して「後出しのSBI」と呼んでいるところは、ブログの読者にとってはおなじみかもしれません。
また、ここ数年、各運用会社は目まぐるしく信託報酬率を下げており、類書では1年も経たずに「信託報酬最安」のファンド名が古くなってしまっていることもあります。
例に漏れず、本書105ページの「おすすめインデックスファンド」の表も、既にいくつか古くなっているところがありますが、本書のおすすめファンドの1つであるeMAXIS Slimシリーズは常に「信託報酬最安」を謳っている(実際に信託報酬率の引き下げも行なっている)ので、2017年に本書が出版されたことはちょうど良かったのかもしれません。
(個人的には日本・先進国株式についてはいまだニッセイ推しですが(笑))いずれにしても、本書は初めてインデックス投資を始める人からある程度経験を積んで細かい知識の確認をしたい人、あるいは長期間インデックス投資を実践してきた投資家が直面した状況を追体験したい人まで、インデックス投資に関わるほとんどすべての方に役立つ貴重なものだと思います。
漫画を用いるなど入り口こそ柔らかいものの、これだけ密度が濃ければ、何度も読み直すことで新たな発見があるのではないでしょうか。
私も、ずっと手元に置いて時々読み直してみようと思います。
なお、この本は発売から10日で3刷り、2週間も経たずに4刷りが決定したというベストセラーになったので、初版本(第1刷)を持っている方は自慢してもいいかもしれません。
私が持っているのも初版本なので、いつか水瀬さんにサインしていただきたいと思います(笑)。
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