『マネーの公理』を読んで改めてリスクについて考えてみた

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1.はじめに



最近『マネーの公理』を読みました。

スイスの資産家の間で信じられているという12の「公理」を逸話とともにわかりやすく説明している本です。


詳しい内容については以下の書評が詳しいので、そちらに譲ることにしますが、この本の内容は私の考える投資スタイルとはかなり違うものの、ふと考えさせられることがありました。

『マネーの公理』(マックス・ギュンター)を再読(【L】米国株投資実践日記(旧称:レバレッジ投資実践日記))

2.全ての投資は投機である



この本で印象に残った箇所の一つは、第一の公理「リスクについて」の以下の部分です。

投機家というと、荒っぽく、軽率なチャンスを求めて駆り立てる者たち、といった印象が強いかもしれない。だから、あなたは投機家ではなく投資家でありたいと考えるかもしれない。投資家であるほうが、たしかに安全そうに聞こえる。(『マネーの公理』)

しかし実際には、何ら違いはない。(中略)「すべての投資は投機である。唯一の違いは、ある人はそれを認め、ある人はそれを認めないことだ」(『マネーの公理』)


実は、私は投資と投機(あるいはギャンブル)はゼロサム(あるいはマイナスサム)かどうかで区別されると考えて、以下のような記事を書いたこともあります。

投資とギャンブルの本質的な違いは?(サボテンのように資産を育てるブログ)

この考えは今でも変わっていませんが、『マネーの公理』で指摘されているように、「リスクがない投機(投資)はない」「ほとんどの人は、(投資と投機を区別することによって)自分でそうしたリスクを認識することなく投資を行っている」(カッコ内はすいさくによる追記)という指摘には耳が痛いものがあります。

3.全ての投資にはリスクがある



インデックス投資を含め、もちろん程度の違いはあっても全ての投資にはリスクがあります。

逆に言うと、リスクがあるからこそ、これらの投資は、預金などのいわゆる安全資産よりも高いリターンを得られる可能性があるということになるでしょう。

私は「投機」という言葉にはやはり抵抗があるので、今後も「投資」と「投機」は区別するつもりですが、

たとえ「投資」を行っていたとしても「投機とは違うから安全だ」と考えるべきではないということ

こそが「第一の公理」の意味することだと感じました(ベテランの方には当然すぎて書くまでもない話だろうと思いますが)。

4.リスクがあるのだから、資産が0になる可能性だってある



考えてみると、これほど明確ではないものの、自分でも同じようなことを感じていたことに気づきました。

よく、リスク許容度の説明で

「2σまでの下落は考えておきましょう」

「σ=0.15とするなら、年率30%くらいの下落までは十分にあり得る」

と言われますが、これは、あくまでも正規分布を仮定すれば約95%の確率でリターンの年率が2σの範囲に収まるということであって、残り約5%の確率ではそこからはみ出すこともあり得ます(このあたりの注意点については梅屋敷商店街のランダムウォーカーさんの「資産配分(アセットアロケーション)で勘違いしやすいポイント」が参考になります)。

しかし、さらに良く考えてみると、正規分布を仮定する限り、確率分布の裾は上下に無限に広がっているわけですから、

資産をほぼ全額失う

確率は(ものすごく小さいと思われますが)絶対に0にはなりません(正規分布以外の分布を仮定しても結論はあまり変わらないでしょう)。

考えてみれば、その辺を歩いていても事故に巻き込まれる可能性もありますし、家の中にいても地震が来るかもしれませんし、そもそも隕石が降ってきて地球の半分が壊滅してしまうかもしれません。

よく「投資は余裕資金で」と言われますが、これを深読みすると、単に年率2σの下落に耐えられるというだけではなく、ほとんど無視できそうなくらい小さい確率かもしれないとは言え、投資資金のほとんど全てを失う可能性もないわけではないという意味(初心者にいきなりそう言うと投資に踏み出せなくなるので言わないだけ)のような気がしますし、少なくとも私はそのつもりで資金を投じています。

というか、『マネーの公理』を読んでそのことに改めて気づきました。

5.最初から想定しておけば怖くない(と信じたい)



個人的にはこう考えると楽になりました。

「今、リスク資産に投じている資金が(ほんのわずかの確率とは言え)いきなり0になったら」

と自問してみると、生活防衛資金があるとは言えかなり厳しいですが、なんとかやりくりできなくはないように感じます(将来は、学生時代のように、大なべでもやしスープを作って食べる毎日になりそうですが)。

そう考えると、どんな大暴落が来てもそれよりはましです。

レバレッジをかけていない限り、資産が0より小さくなることはないわけですから。

また、こう考えることは狼狽売りを防ぐことにも役立つかもしれません。

なにせ、リーマンショックが来ようが、世界恐慌が来ようが、ドットコムバブルが来ようが、さすがに資産が文字通り0になることはまずないわけですから、売るだけ損です。

そういう意味では「すっごく小さい確率かもしれないが、資産を全部失って無一文になったら」ということを頭の中で一度シミュレーションしてみるのは無駄ではないのかもしれません。

なお、これが極端に流れると、今度は「資産が0になってしまえば同じだからどんな投資をしても良い」になってしまうかもしれません。

しかし、もちろん私はそう考えているわけではなく、2σルールや適切な分散投資などにより十分にリスクコントロールをした上で、なおそこから外れる可能性をリアルに想像しておくことも悪くないんじゃないかというのがこの記事の趣旨です。

6.おわりに



そんなわけで、今回、『マネーの公理』を読んだことをきっかけに開き直ってみましたが、この本の原書の初版の出版年は1985年のため、今読むと古さを感じる記述があります。

たとえば、「投機でなく投資だから安全だ」と勘違いして失敗した例として1971年に高値をつけた後株価が低迷していたGMが挙げられ、「(当時の)超優良株中の優良株であるIBMでも安全とは限らない」というようなことが書いてあるのですが、

IBM、25年前(この本の出版された直後)はオープン化とダウンサイジングに乗り遅れてだめだったじゃん!

IBM、今もアマゾン、グーグル、マイクロソフトに押されてまただめじゃん!(一応ホルダーです)

というわけで、個別株式のリスクはインデックス投資とは多少違うとは言え、「優良資産への投資だから安全」という言葉が一人歩きしてしまうことにはくれぐれも気をつけたいと個人的には感じました。

なお、この本では「長期投資を避けよ」など私の考えと若干違うことも書いているので、それを自分の中でどう整理すべきかは今も考えているところです(おそらく、この資産は絶対安全だから、愛着があるから、という理由だけで資金を引き揚げるべきときにそうしないことを戒めているのだと思います)が、それについてはまた別の機会に。
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Author:すいさく
40代、2015年8月頃から投資らしい投資を始めた初心者の日々をつづっています。

インデックスファンド・国内外のETFを中心にバイアンドホールドを基本に投資していますが、日本・海外の個別株式も一部保有しています。

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